「けっこう人がいるな」
案内を見ると、場所は駅から徒歩5分の総合運動公園となっている。だが正確には、運動公園内にある武道館。広い公園の一番奥、駅から一番遠い場所に位置する目的の施設。
公園と言うだけあってそれなりに緑は多いが、やはり暑い。途中に立ちはだかるような大きな陸上競技場を、汗を拭き拭き通り過ぎると、コジンマリとした白い施設がようやく姿を見せてくれた。
【全国中学生空手道選手権大会】と書かれた立看板に並んで、選手らしき少年少女が記念撮影をしている。建物の入り口では京都銘菓を売る出店らしき存在もあって、ちょっとした祭りのような賑わいだ。
全国大会か………
聡には、まったく縁の無かった世界。
武道館はあまり大きな施設ではないらしく、全国から集まった選手やその保護者らが、入り口まで溢れている。床にビニールシートを敷いて荷物番をしている間を縫うように進み、中へと入った。
入り口は二階の観客席へ直結していた。会場となる一階への階段を、胴着姿の少年らが上ったり下りたりしている。
階下から鋭い激と掛け声が聞こえてきた。これから試合へ臨むのだろう。
ごったがえす入り口を苦労して通り抜ける。試合会場を四方から見下ろす階段状の観客席。下の方は保護者たちで混んでいたが、上の方は結構空いていた。
自由席のようだ。一番上までのぼり、適当に座った。
「こんなに混んでるとは思わなかったよ」
空手の試合など初めて見る泰啓は、興味深そうに会場を見下ろす。
時折流れるのは、『フラッシュ撮影はご遠慮ください』という機械的なアナウンス。
今は組手が行われているようだ。
「中学生でも、けっこう迫力あるんだな」
乗り出す泰啓。
「当ったら痛そうだな」
「当てるのは反則だよ。基本は寸止め」
聡の言葉に目を丸くする。
「あのスピードで寸止めか。審判わかってんのか?」
「わかるよ。素人じゃないんだ」
「でも、故意じゃなくても当っちゃうことはあるだろ?」
「まぁね。そういうのは忠告で済むよ。でも、何回も繰り返したら警告でペナルティーだな」
言いながら泰啓の手元を指差す。入り口で買ってきた公式パンフレットに、基本的なルールが書かれているはずだ。
意外に高いんだなと苦笑しながら、それでも面白そうに買う姿が笑えた。
別にバカにしたワケじゃない。それだけ興味を持ってくれたのかと思うと、妙に嬉しくもあり、なんとなく恥かしい。
見ると、パンフを丸めて振り回しながら必死に声援を送る保護者の姿。まるで自分のコトのように、顔を真っ赤にして応援する。
ポイントが入るたびにワッとあがる歓声。喜び手を叩く母親たち。
聡も試合に出たことはあった。だが父も母も、見に来たことはなかった。
「空手?」
夕食を運びながら怪訝そうに眉を潜める育代を無視して、父の正雄は聡を呼んだ。
「どうだ? 面白そうじゃないか」
父に連れられて教室へ見に行き、よく理解もしないまま始めた。
なぜ父が空手などを進めてきたのか、当時の聡にはさっぱり理解できなかった。
そもそも、何か意図があってのことだなどとは、考えもしなかった。小学一年生が、そのような考えや疑問を持つはずもない。
過去を思い返しながら、聡は知らずにグッと拳を握る。
父を殴ったのは、まだ幼稚園に入ったばかりの頃だった。四歳か、五歳だったと思う。
正確に言えば、殴ったのではない。椅子を振り上げてぶつけたのだ。
「うるさいっ!」
その一言と共に自分よりも大きな椅子を投げ飛ばしてきた息子を、正雄は怯えた瞳で呆然と見つめた。
その瞳を、聡は今でも覚えている。
父の記憶として残るものの中で、一番古いものかもしれない。
そうだ。父の記憶は、その瞳から始まっている。
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